モティベーションは基本的には自分でコントロールする以外に方法はない。与えられた環境を目いっぱい活用するかどうかは本人次第でもあるしこの活用という働きかけによって環境自体変化し自分にも跳ね返ってくるということは無視できないことであります。
与えられた環境の中で最も身近なものはもちろん自分の身体であることは論を待ちません。自分の身体の活用の方法はしかしながらほっておいて自得できるものかどうかはどちらかというとかなり不分明になりつつあります。
原因は結論を急ぎ過ぎるところにあります。結果を早く出そうと焦って使い方の習得をなおざりにしてしまうからであります。目標とそれに至る過程をいわば対立物としてついつい過程に時間をかけず大きな成果目標を得ようとしてしまうからです。
人間にとって自分と環境の関係は実は「部分と全体」の関係に置き換えることが可能です。しかも部分と全体の役割は互換なのです。だから同時に2つのことをそれぞれがそれぞれの部分と全体として並行して取り組むことが可能でありまたそのような取り組みをしなければならないのです。
これがアレキサンダーが発見したことです。何かしようとして”時間をかけずに効果を出すために癖となってしまっている随意筋の緊張”を抑制することから始めます。この随意筋の緊張がそもそも物事がうまくいかない原因なのであります。だから意識的な緊張よりも抑制が結果として過程にかける時間・エネルギーを減少させるのです。うまくいかないのなら最初からやり直しをした方が早い場合があるのです。
このことを一番わかりやすく体感するために「セミスパイン」(建設的休息=constructive lest)という方法がアレクサンダーテクニークにあります。体幹を実感する。呼吸を深くする。自己観察を深める。モティベーションを高める。疲労回復などいろいろな効果がありしかも習得にそれほど時間はかかりません。
<体幹を体感する>ダジャレの様ですがすべてはここから始まります。体幹というのは一口に言えば「頭の後頂に糸をつけて人体をつるしたときまっすぐにぶら下がって感じられる背骨群」のことをいいます。これをたとえば頭の天辺(百会)でつるすと前重心になってしまいます。一般で云う「体幹」とは腹背のからだの中心部に位置する随意筋群のことをいうので定義が全く違うことを注意してください。ATの手法は(野口整体もそうですが)いわゆる「体幹筋肉群」の動きを押さえる方向に導いていくのです。人間が随意筋群によって生きているというのは単なる誤解ですがここでは取り上げません。体軸という言い方もありそうですが定義よりも体感の方を優先したいと思います。この体幹を体感する一番簡単で実践的な方法がアレキサンダーテクニークの「セミスパイン」(建設的休息)という方法です。
適度に硬い床の上に横たわって頭の下に文庫本4、5冊分を敷いて枕にして、頸椎が無理なく伸びるような角度をとります。仰向くこともうつむくことも自由な位置で頭部を落ち着かせます。膝を適度に開いて立てます。適度さというのは微妙な感じで開くことも閉じることも自由かつ可能なところでバランスを取ります。足裏は両方とも足の重さを支えて床に着けます。このとき足先とひざの向きは同じ方向を向いています。腰骨は反らないで床の上に落ち着いています。反っているのを治そうと思うなら最初に横になるところから始めます。骨盤を上げて治しません。両手は組まず三角形にして、肋骨の両下端、わきばら、大腿骨の付け根など好きなところに置きます。
頭の位置は野口整体の言う頭部第五調律点(後頭部の突起)が軽く押し上げられるような感触でよいと思います。顎がやや(首にしわができない程度に)うつむき加減です。胸椎から腰椎仙骨尾骶骨(の先は除いて)までほぼ床に接触しています。そのため肋骨が自然に持ち上がります。どこにも緊張する部位はありません。(強いて言えば腰の反りがなかなか取れない事がありますが無理して直しません)
この姿勢はこのまま立てば立禅(太極拳でいう站椿功)です。ただし立禅は腕を前方に円を描くように(なにか抱くように)突き出します。立つと重心が体幹部よりやや前に出ますのでチャクラや丹田として改めて意識されるようになってくるのです。その実態は頸椎1番(頭部第五)、胸椎5番、腰椎345番やそのものやその働きに連動する筋肉群や皮膚感覚ということであることに間違いはありません。この立った時の姿勢が「虚領頂勁 含胸抜背 気沈丹田」という太極拳の基本姿勢になるわけです。
武術をやっているわけではありませんので立たないでそのまま横たわって長くても20分静かに体の感覚を楽しみます。場合によっては「脊髄行気」を行うこともあります。頂勁から頸椎胸椎腰椎仙骨尾骶骨まで椎骨を勘定しながらゆっくり息を吸います。肋骨が上がっているためかなり呼吸が楽になっていることが実感できるでしょう。頸椎が7つ、胸椎12、腰椎5ゆっくり勘定してもまだ息は続けられます。丹田で一端止める方法もあります。吐くときは何にもなしでもよしあるいは体幹の前を通って虚領(百会)の方へ吐いていきます。15分~20分ですがあっと云う間に時間が過ぎてしまいます。一端うつ伏せになってゆっくり起き上がります。
頭部第五は野口整体でいう「眠りの中枢」=眠りの質をつかさどります。触って張りがなければ寝過ぎ=睡眠不足ということです。いくら寝ても疲れが取れないというのは単純に睡眠不足に分類されるので野口整体流にいえば「体を使ってないためのエネルギーの過剰現象(閊え)」に勘定されてしまうのです。ほとんどあらゆる現在的な身体事情は環境への働きかけ不足、活用不足の閊えでしかありません。単純に言えば「食べるものを減らし、汗かいて、いぎたなく寝過ぎせず、楽をしないで楽しんで仕事をする」ことが健康のもとなのであります。同じく胸椎5番、腰椎3番ともに主体的な行動や働きかけの中枢であります。体幹というのは筋肉群を動かす以前の方向性から見ていった方がよいのであります。意識化されてから動かす筋肉群に頼っていては多分一瞬なりと人は生きてはいけないのでありましょう。
内田樹先生が合気道のおかげで膝を壊して池上六朗先生(三軸修正法の創始者)に直してもらったと池上先生の本にはあります。池上先生は昔子供を沖正弘先生のところへ治療に連れて行ったところ「あんたは健康法の先生をやったら成功する」といわれて「三軸修正法」を創始したわけですが沖先生は野口晴哉師のところで3年ほど「健康法の先生」になる方法を修業していたのではないかと思われます。「沖ヨガ」というのも沖先生の創始物なのでありインドのヨガとあまり関係はないのではないでしょうか。内田先生が膝を壊したのは一口に「体幹」を錯覚してとらえていたということで膝や腰を壊す前に「セミスパイン」を習得することが先決的な課題であるとこれから社会人として人生を始められる人たちに勧める所以なのであります。










